宇和島城 ザ・登城
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四国地方

伊予(愛媛県)

名築城家藤堂高虎の縄張り、伊予伊達家が歴代居城、現存天守

宇和島城[うわじまじょう] 別称=板島丸串城・鶴島城 (平山城) 【所在地】 愛媛県宇和島市丸の内1丁目

 築城時期:  1546(天文15)年  築城者:  家藤監物

うわじま じょう
現存天守閣
独立式層塔型三層三階・本瓦葺・白漆喰総塗篭の江戸時代初期のもの
(望楼式四重であった高虎の天守を、1666年(寛文6)伊達家2代宗利が
現在のものに再建)

正面最上層屋根に唐破風、二層に大型の千鳥破風、その下に2つの
千鳥破風を並べ、最下層玄関に大型の唐破風が付く。
天守台は切込ハギで築かれ、玄関のための式台を付設

 遺 構  《 現存/天守閣・上り立ち門  移築/武家屋敷門  遺構/曲輪・石垣・井戸 》
井戸丸櫓・門跡枡形&石段
攻め難くするために、一つ一つの高さ(蹴上げ)や
石型が不揃いで、傾斜もきつくした石段

(城山追手口の東中腹部分) 
上り立ち門(現存)
南麓搦め手口の薬医門、この先本丸まで石段が続き、
往時には、天守まで7つの門構えがあった
 宇和島城は、宇和島市の中央部に位置する海抜約80mの城山に、築城家として名高い藤堂高虎により縄張りされた城で、真上から見た城地は不等辺五角形で、3辺を外堀で囲み(往時)、2辺が海に面した、平山城であるとともに海城でもあった。

 本丸は東西60m、南北約100mの楕円形曲輪で、東南は断崖であった。本丸下の南北に傾斜する尾根を三段に削平し、二の丸・藤兵ヱ丸・長門丸を大体並列に配置した。また、本丸下東方に帯曲輪を設けてある。
 本丸西方中腹に代右衛門丸、北方中腹に井戸丸、東方山麓の平地に3方を内堀で囲んだ三の丸を構え、東に追手門(昭和20年戦災で焼失)、南に搦め手口を配置した縄張りとなっている。

 天守内には、宇和島城天守閣の模型が展示されていて、木組み・屋根などの構造をつぶさに見ることが出来る。

 天守3階からは、宇和島湾から、遠く豊後水道まで見渡せ、素晴らしい眺めです。


 最初の築城年代は明らかでないが、941年(天慶4)、橘遠保が宇和地方の豪族となり、1236年(嘉禎2)には、西園寺公経の所領となり、戦国時代の1546年(天文15)、家藤監物が城を構え、板島丸串城と言われていた。

 1575年(天正3)には、西園寺宣久が居城し、1585年(天正13)には小早川隆景の所領となり、天正15年には、伊予大洲城戸田勝隆の支城となった。

 1595年(文禄4)、豊臣秀吉から宇和7万石を与えられて藤堂高虎が入国。その本城として、それまで番城程度に過ぎなかった城を、翌慶長元年から1601年(慶長6)までかけて、堀を掘り、石垣を築き、四重天守の他、数十の矢倉を構えた城郭に築きあげた。
(浅井・織田、そして豊臣から徳川の世へうまく渡り歩いた名築城家・高虎の最初の築城完成である)

 1600年の“関が原の合戦”での軍功により、伊予半国の大大名となった高虎は、1608年(慶長13)、居城を伊予今治に移した後、伊賀(上野城)・伊勢(津城)へ転封となる。

 その後、富田信高が12万石で城主となるが、すぐに改易となり、約1年間幕府の直轄地となる。

 1615年(元和元)、仙台藩伊達政宗の長男・秀宗(庶子であり、秀吉の猶子になっていた為、宗家は嫡男の次男忠宗が継ぐ)が10万石で入封、城名を宇和島城と改めた。
1617年(元和3)には、2代将軍秀忠から伏見城千畳敷御殿を拝領している。

 2代藩主伊達宗利は、1664年(寛文4)から1676年(延宝4)にかけて、天守を再建し、追手門を建造、さらに南側の海を埋め立て浜御殿を造営して藩主の居館とするなど、大修築を行った。

 初代秀宗は隠居にあたって、5男宗純に伊予吉田(愛媛県吉田町)3万石を分知するが、10万石格を認められ、伊予伊達家は9代世襲して明治まで続く。

なお、8代伊達宗城は、逃亡中の高野長英を匿い、イネ・シーボルトを保護するなど、幕末の四賢候として著名です。

 天守からのキラキラと輝く宇和海・豊後水道の絶景に見惚れ、まばゆい陽射しに照らされ、駅前近くのワシントン椰子の並木に、爽やかな南国を享受し、癒されたひとときでした・・・

一之御門跡 
二の丸より本丸に通じ、往時には、
櫛形門(一之御門)、南及び北角櫓があった
藩家老桑折氏武家長屋門(移築)
向かって右に厩、左に門番・使用人が居住していたもの
現在の間口15m、本来は2倍の30mあった

(所在:現在の北登山口にあり)
井戸跡 
城山内3つのうち最も重要視された
井戸、直径2.4m、深さ約11m。

北中腹三の丸からの登り口・井戸丸内

天守閣
平定の世造営のため、櫓や小天守
などを持たない単独で、狭間・石落し
なども無く、鯱・破風屋根・連子窓が
均衡を保ち、玄関を右寄りにして
装飾性を強調した外観
天守内2〜3階への梯子階段
(私感で恐縮ですが・・・) 今にも、
鎧武者が駆け上がって来そうな
気配!連子窓から差し込む陽光・・・
静粛感漂う、好きな一角です。
雷門跡石垣&石段 
二の丸下西北の中腹、長門丸より
藤兵ヱ丸に至る御門が雷門
二之丸二之門跡から見た石垣越しの天守
往時には、石垣上本丸内に御弓櫓(正面の石垣上)・
台所櫓(向かって右側石垣上)があった
本丸より宇和島湾及び市街地を望む

登城アクセス
  車  : 瀬戸内しまなみ海道今治IC〜国道196号線〜小松今治道・松山
  道大洲IC〜国号56号線

 鉄 道 : JR予讃線松山駅〜宇和島駅〜バス/バスセンター
 駐車場 : 宇和島警察署脇の有料駐車場を利用

宇和島市観光協会HPへリンク
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